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東京地方裁判所 昭和52年(刑わ)2736号 判決 1978年4月17日

主文

被告人両名はいずれも無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人両名は、共謀のうえ、共同して、昭和五二年六月五日、別紙一覧表記載のとおり、東京都中野区江古田一丁目一二番二号付近路上ほか二一ケ所において、同区江古田一丁目一二番二号本山寅蔵方掲示板ほか二一ケ所に掲示されていた日本共産党所有にかかる縦59.4センチメートル、横42.5センチメートルの日本共産党演説会告知用ポスター合計二四枚に、それぞれ「殺人者」又は「人殺し」と黒色で印刷された縦一八センチメートル、横七センチメートルの糊つきシール又は「宮本顕治は殺人者」と赤色で押捺された縦一六センチメートル、横三センチメートルの糊つきシールを、一枚ないし三枚ずつ、合計四六枚を貼りつけて右各ポスターの効用を滅却し、もつて数人共同して器物を損壊したものである。」というにあり、被告人両名の右所為が暴力行為等処罰ニ関スル法律一条、刑法二六一条、六〇条に該当するというのである。

被告人両名が、公訴事実記載の日に、共同して、別紙一覧表犯行場所欄記載の場所に掲示されていた日本共産党所有のポスター(右ポスターの形状、内容等については後述のとおり。)合計二四枚に、「殺人者」又は「人殺し」と黒色で印刷された縦一八センチメートル、横七センチメートルの糊つきの各シール又は「宮本顕治は殺人者」とスタンプを用いて赤字で押捺された縦一六センチメートル、横三センチメートルの糊つきシールを、別紙一覧表貼付枚数欄記載のとおり、ポスター一枚に右各シールを一枚ないし三枚ずつ貼付した事実は、被告人両名の当公判廷における各供述をはじめ、当公判廷で取調べた関係各証拠によつて優に認められる。

そして、押収してあるポスター二四枚(昭和五二年押第一、八五六号の1ないし24)によれば、本件ポスターは、

(1)  縦58.5センチメートル、横41.5センチメートルで、下方より順次、幅三センチメートルの横帯状白地部分に赤字で「赤旗」の文字のほか赤旗の宣伝文、購読料等の文言が、その上部に幅約二ミリメートルの黄色横線、その上の幅三センチメートルの横帯状白地部分に黒字で横書に「とき6月8日(水)午後6時ところ千代田公会堂」と、更にその上部幅6.8センチメートルの横帯状黄色地部分に茶色字で横書に「日本共産党演説会」の各記載があるほかは、右ポスター紙面の四分の三以上を占める縦45.5センチメートル、横41.5センチメートルの部分一杯に宮本顕治の肖像カラー写真が印刷され、その右端上方に縦約一九センチメートル、横約1.5センチメートルの範囲内で縦書に黒字で「日本共産党幹部会委員長」と、右方上端に縦1.6センチメートル、横12.4センチメートルの横帯状黄色地部分に黒字で横書に小さく「弁士」と各印刷されているほかは、右肖像写真の右方縦約三八センチメートル、横約一〇センチメートルの範囲内一杯に朱色字で縦書に大きく「宮本顕治」と印刷されているもの(以下Aポスターという。)

(2)  縦59.5センチメートル、横42.1センチメートルのもので、下端の幅約3.2センチメートルの横帯状青色地部分に白又は黄色字で横書に「とき6月15日(水)午後六時半ところ大田区体育館」と、右端部の縦49.5センチメートル、横7.9センチメートルの縦帯状赤色地部分に白字抜きで縦書に「日本共産党大演説会」と、ポスター上部の幅約6.3センチメートルの横帯状白地部分に緑色字で「くらしよい東京・明るい日本を」と、ポスター左端部横約四センチメートル、縦約49.5センチメートルの範囲内に黒字で縦書に「東京都知事美濃部亮吉 党中央委員会議長・参議院議員野坂参三 党書記局長・衆議院議員不破哲三 党副委員長・参議院議員上田耕一郎」(但し、右各肩書は氏名の右肩部分にいずれも小さく)とポスターの周縁に各印刷されているほかは、右ポスターのほぼ中央部で、ポスター紙面のほぼ五分の三を占める縦約五〇センチメートル、横約二九センチメートルの部分の上方に、各横12.3センチメートル、縦15.2センチメートル大の宮本顕治及びさかき利夫の各肖像カラー写真を並べて印刷し、その各写真の下方縦約三四センチメートル、横約12.3センチメートルの各範囲内一杯に、青色字で縦書に大きくそれぞれ「宮本顕治」「さかき利夫」と、そして右各氏名の右肩部に黒字で縦書に小さくそれぞれ「党幹部会委員長」「党理論委員長知識人・文化・教育委員長」と各印刷されているもの(以下Bポスターという。)

の二種類である。

そして、被告人両名が貼付した前記各シールは、前記Aのポスターについてはいずれも宮本顕治の肖像写真の顔の下方部から背広部分にかけて貼付されており、又、Bのポスターについては殆んど宮本顕治或はさかき利夫の各氏名の部分に貼付されていて、「日本共産党演説会」の文字及び右演説会の日時、会場の表示部分に貼付されたものはない。

ところで、刑法二六一条にいう器物損壊罪における損壊とは物の毀損、破壊のことをいい 従つて物理的に客体そのものの全部又は一部を害すること、即ち器物そのものの形体を滅尽又は変更させる場合だけでなく、その物の本来の効用を失わしめること、即ち事実上もしくは感情上その物を本来の目的に供することのできない状態にさせる場合をも包含するものであるが、本件公訴事実は、被告人両名の行為を「日本共産党演説会告知用ポスターに……「殺人者」……のシールを貼りつけて右各ポスターの効用を滅却し、もつて……器物を損壊した」とするものであり、検察官の釈明においても、(極めて不明確、曖昧な部分があるが)右各ポスターは、その日時、場所、弁士の氏名を含め、日本共産党の演説会開催の告知宣伝を主たる目的とするものであるところ、被告人両名は、右ポスターに「殺人者」「人殺し」「宮本顕治は殺人者」のシールを強力な接着剤を用いて貼付することにより、右ポスターを見る者をして宮本顕治が殺人者であるとのイメージを抱かせ、右各ポスターの形体を物理的に変更するとともに、その表示効果を減殺させてその効用を滅却したものであり、この効用滅却には物の物理的変更をも含むとするものであつて、以上の本件公訴事実の記載及び検察官の右釈明を綜合考察すると、本件訴因は、右ポスターの効用を滅却したことをもつて器物を損壊したとするものと解せられる。

これを本件について見るに、一見、日本共産党が政治活動の一環として行う政治演説会の開催告知用として街頭に各掲示した本件ポスターの宮本顕治の肖像写真部分或は氏名部分に、「殺人者」「人殺し」又は「宮本顕治は殺人者」のシールを貼ることにより、見る者をして宮本顕治が殺人者であるとの印象を与える結果(右のような「殺人者」等のシールを貼付することによつて、宮本顕治に対する名誉毀損等の犯罪が成立する場合があるとしても、日本共産党の演説会告知用ポスター本来の効用を考えるとき、その効用は、日本共産党の演説会が開催されること、その日時がいつであり、場所がどこであるのか、弁士(これについては後に触れる。)が誰であるかを一般に知らしめることにあり、この観点からすると、前述のような貼付箇所、方法に照らし、被告人両名の本件行為が、弁士の一人であり党幹部会委員長である宮本顕治のイメージダウンになるとしても、右ポスターの本来の効用、即ち、日本共産党演説会開催の告知、演説会の名称、日時、会場の宣伝告知という本来の効用を滅却したとするには疑問があるばかりでなく、たとえ、弁士のイメージダウンが右効用を一部滅却するものとしても、右本来の効用に対しては極めて軽微なものと解されるが)、日本共産党或は宮本顕治において、その感情上、爾後、右ポスターをそのまま街頭に掲示しておくことができない状態を生ぜしめたものと認められるのであつて、被告人両名の本件行為は、外形上、一応街頭に掲示中の本件各ポスターの効用を滅却したものと解せられる。

ところで、公職選挙法(以下、単に公選法という)上、選挙運動期間前における政党の政治活動はすべて自由であるとされている。特定の候補者の当選目的とかかわりのない、政治上の主義もしくは施策を支持、推進し、あるいはこれに反対する諸活動、たとえば、政党関係者が自己の所属する政党の政策宣伝、党員の獲得、党組織の拡大充実を図るための報告会、演説会を開くこと等は、いわゆる政治活動として選挙運動と区別される。ただ、政党その他の政治団体が選挙運動期間中に行う政治活動と選挙運動との限界が微妙であるため公選法第一四章の三において、選挙運動期間中における政治活動の規制をしているに過ぎない。しかし、選挙運動期間前における政党のあらゆる政治活動が自由であるといつても、ただ、それはあくまで特定の候補者の当選目的とかかわりのない政党の政策宣伝行為等と評価される限りにおいて選挙運動の範囲から除外されるのであつて、もしも、特定の者の当選を図る目的に出たものであることが客観的に看取できるときは、それを選挙運動と評価しても差支えないものと解する。

これを本件について見るに、<証拠>を綜合すると次の事実が認められる。

第一一回参議院議員通常選挙は昭和五二年六月一七日公示され、同年七月一〇日施行されたが、同選挙はいわゆる通常選挙であつたことから、正確な施行期日はともあれ、公示が昭和五二年六月上旬又は中旬、選挙施行日が同年七月初めないしは上旬に行われるということは一般人の周知の事実であり、日刊の一般新聞紙上においても昭和五一年春ころから早くも右選挙についての予想、立候補予定者の顔触れ等を報道し、特に日本共産党については、これまでの党中央委員会議長野坂参三に代つて党幹部会委員長の宮本顕治が参議院議員に立候補する予定である旨の報道が見られるに至つていたものであるが、日本共産党においては、昭和五一年一二月二八日、二九日の両日に亘つて開催された第一三回日本共産党中央委員会総会において、昭和五二年七月に施行される第一一回参議院議員通常選挙に際しては、全国区候補者として現職の野坂議長に代えて幹部会委員長宮本顕治を立候補させ、東京都を選挙地域として右選挙に臨むことを決定し、宮本顕治においてもこれが出馬の意思を表明し、同党機関紙「赤旗」或は日刊の一般新聞紙等によつてもこの旨報道され、宮本顕治が右選挙に候補者として立候補するということはほぼ一般周知のものとなつていた。又、さかき利夫も右と同様参議院議員東京地方区の候補者として立候補が予定されていたものであり、宮本顕治、さかき利夫の両名とも、右選挙の公示当日である昭和五二年六月一七日にいずれも立候補の届出をしたものである。

このような状況のもとで、右選挙の期日が近づくにつれ、各政党、立候補予定者の右選挙に向けての政治活動或は選挙運動が次第に活発に行われるようになつていたものであるが、本件各ポスターは、右のような状況の中で、昭和五二年五月初旬(別紙一覧表9の場所)或は中旬(同表1、3の各場所)から同年六月初旬にかけて、本件公訴事実を含め、被告人両名の引当り捜査によつて判明しているもの(従つて、被告人両名がシールを貼つたもの)だけでも、東京都内の台東区、新宿区、目黒区、世田谷区、杉並区、中野区、板橋区等一〇区の広範囲に亘り、二四〇ケ所の多くの街頭に、一部本件ポスターと異る形状のものもあつたが、二九六枚もの多数のポスターが掲示されていたことが認められる。

本件各ポスターが、その形状、記載内容から、一見、日本共産党が政治活動の一環として行う演説会開催の告知用ポスターとしての外観を有し、その効用を有していることは否定できないが、右のような第一一回参議院議員通常選挙が昭和五二年七月に施行されることが確定しており、これが一般周知の事実であつたこと、右選挙に宮本顕治が東京都を地盤として参議院議員全国区候補者として、又、さかき利夫も参議院議員東京地方区の候補者としてそれぞれ立候補することが予定され、これらの事実もほぼ一般周知のものとなつていたこと、このような状況のもとで、右選挙の公示が予定されていた昭和五二年六月上旬或は六月中旬を真近に控えた同年五月初旬から六月の上旬にかけ、中には演説会開催の一ケ月以上も前の時期から、宮本顕治及びさかき利夫の選挙区である東京都内の多数の場所に、多数の本件各ポスターが掲示されたこと、しかも本件各ポスターが、前記のように、各立候補予定者の肖像、氏名を他の記載部分に比してことさらに大きく印刷表示していると認められること等を綜合すると、右ポスターは、単に日本共産党演説会の開催を告知するという効用の限度を越え、立候補予定者である宮本顕治及びさかき利夫の容貌、氏名を、選挙区である東京都内の一般有権者に周知させ、知名度を高める効用を図つたもの、即ち、右両名の知名度を高めて右両名に投票を得、又は得させるにつき直接又は間接に必要かつ有利な効果を図つたと認められるものであつて、一般人をしてもかかる事実を十分看取し得るものであつたと認められる。

以上認定の事実によれば、本件各ポスターは、いずれも許された政党の政治活動の用に供されるポスターの限度を越え、公選法一二九条に違反する選挙運動を目的とした効用をも有するものであり、又同法一四三条に違反する文書でもあるのであつて、本件各ポスターは、単に右違反部分に止まらず、一体として公選法に違反する文書、ポスターといわざるを得ない。

巷間、各種選挙において、選挙の公示が近づくにつれ、各種政党、立候補予定者の政治活動、選挙運動は次第に活発になり、選挙運動期間前に政治演説会告知用に名をかりた本件と同種或は類似の各種ポスターが街頭に多数掲示され、又、各選挙管理委員会等においてこれが規制、取締をしていないという実情は認められるが、これをもつて本件ポスターについての前記判断に何等の消長をもたらすものということはできない。

ところで、街頭に掲示されたポスターについての刑法二六一条にいう器物としての性質は、他の一般財物における器物性とは異なり、一旦、街頭に掲示されたポスターは、これを破り捨てる場合には財産罪としての器物損壊の保護の客体となる場合もあり得るが、そのほかは、専ら右ポスターに表示された意味内容を外部に向つて告知、宣伝するという効用を有するに過ぎないと解するのが相当であり、又、検察官においても、前述のように、被告人両名の行為をもつてポスターの表示効果を減殺させてその効用を滅却したとしているものであるので、以下、この観点から被告人両名の本件行為、器物損壊罪の成否について判断するに、本件各ポスターが、日本共産党の演説会開催の告知、宣伝の効用を有していることは否定できないが、前述のとおり、宮本顕治或はさかき利夫に対する選挙運動を目的とした効用をも有し、又、公選法一四三条にも違反する形式、内容のポスターであつて、全体としてその効用は公選法上の保護の対象にならないものと認められる(公選法上の違反ポスターである以上、全体としてポスターそのものの撤去が求められる。)。

従つて、本件各ポスターを街頭に掲示する行為は、公選法一二九条、二三九条一号、同法一四三条、二四三条四号によつて処罰される行為であり、しかもその違法は選挙の公平、平等と公正を甚だしく阻害するものと認められるのであるから、このような違法に掲示されたポスターの効用を公選法上は勿論のこと、かかる違法な効用を刑法二六一条の器物損壊罪における保護の対象に値すると見ることは困難であり、右のようなポスターに「殺人者」等のシールを貼付した被告人両名の本件行為をもつて、それが宮本顕治に対する名誉毀損に該当する場合があるとしても、又、他の刑罰法令に触れる場合があるとしても、検察官において他に訴因変更をする意思のない本件においては、これを刑法二六一条にいう器物の効用を滅却したものとして処罰することはできないと解すべきである。

以上の理由により、被告人両名の行為は、結局、暴力行為等処罰ニ関スル法律一条、刑法二六一条に該当せず、罪とならないというべきであるので刑事訴訟法三三六条により被告人両名に対し無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(石田恒良 三浦力 福井一郎)

別紙一覧表<略>

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